恋愛つき勉強会
その日はとても晴れていて。
彼女はいつも通り、少し勉強して帰ろうかと、放課後図書室に足を運んだ。
…が、いつもにはない光景が目の前に広がっていた。
「だからここはxを代入してるからf(x)=−5ax+bdで…。」
「ああ、この公式を使うと簡単だよ?」
「あ〜〜すみません、キャプテン。でもこの公式習ってないんで使うと点にならないし。」
「そっか。じゃあこっちで…。」
「ねー仏教先輩!こっちの古文の訳どうなった?」
「ここは「雲にまぎれる月のような貴方の姿」となる也。」
などなど。
10人以上の男子がわいわいと勉強会をしていた。
それは、あまり運動部とは縁のない彼女も知っている有名な人たちだった。
(野球部の人、か…。)
そう、十二支高校野球部の面々だった。
彼女自身も「カッコいい男の子が多い」と友人に誘われて練習を一度見に行った事がある。
そこに印象の強すぎる彼らがいた。
(期末が近くなってきたからかな。
勉強会してるんだ。邪魔しちゃだめだよね。)
彼女は自分が彼らに気づかれていないのを幸いに、静かに奥の席についた。
そして、いつも使っている参考書の棚に足を運んだ。
(えっと、弘文社の英語T…。うっ、高い…。)
彼女は程なくお目当ての参考書を見つけたが、自分の身長にはわずかに届かない位置にある。
この微妙な高さだと足台を取りに行くのも面倒で。
彼女は少し背伸びをした。
(う〜〜もう少し。)
すると。
「…これか?」
す、と目の前を肌の黒い大きな手が横切り、目当ての参考書を出す。
「あ、それそれ。
ありがとう!」
参考書を手渡され、彼女は相手に礼を言うと、にっこり笑って顔を上げた。
すると、かなりの長身と、整った濃い肌色の顔立ちが視線に入った。
「あ…。」
先程の野球部員の一人だった。
しかも彼は、一番女子に騒がれていたから、特に印象に残っている。
同学年の、期待されたピッチャーで。
確か名前は…。
(あ、そうそう。)
「ありがと、犬飼クン。」
彼女は改めて笑った。
その顔はとても魅力的な笑顔で。
笑顔を向けられた彼、犬飼も少し頬を染めた。
いつものある種の期待と欲望を存分に込められた歓声や笑顔とは全く違った。
真っ白な感謝の笑顔。
「…いや、別に。」
犬飼は、密かに高鳴り始めた心を自覚した。
そして、そのまま自分の席に戻ろうとする彼女に声をかける。
「あの、アンタ…。」
「?」
「あれ、猿野さんじゃないっすか。」
「あ、子津くん!
そっか。子津くんも野球部だったね〜〜。」
突然現れた声の主は子津。
犬飼と同じ野球部の1年ピッチャーだった。
「…子津。」
子津は犬飼の方を見ると、そちらにも声をかける。
というか犬飼に持ってくる本の追加を頼みに来ていたのだが。
「あ、犬飼くん。ごめんっす。
こちらは1−Bの猿野天国さんっすよ。
同じ委員会なんっすよね。
猿野さん、こちらは1−Dの犬飼冥くんっす。」
「ん、知ってる。すごいピッチャーだって有名だしね。よろしく〜。」
「…いや。」
子津の乱入により、犬飼は彼女・猿野天国とあっさりと知り合いになることが出来た。
しかも彼女は自分を知っていてくれたのだ。
嬉しい気持ちが自分の中に広がるのを犬飼はほんわりと感じていた。
「猿野さんはいつも通りここで復習っすか?」
「うん、野球部さんの邪魔になっちゃ悪いから早めに済ませようかなと思ってるけど…。」
犬飼は二人の親しげな様子を見て苛立ちを感じる。
「そんな、邪魔なんてとんでもないっすよ!
猿野さん頭いいし、一緒に教えて欲しいくらいっす。」
ぴく。
「え〜〜そんなことないよ。
ほら、3年の牛尾先輩もいるし教師役十分でしょ?」
(いや、できれば一緒に…。)
そう思うが、犬飼はなかなか声に出せなかった。
「こらこら、君たち。
そろそろ勉強にもどろうか。」
次の乱入者が登場。
「主将…。」
「すみません。
ちょっと友達がいたもんっすから。」
にっこりとまぶしいばかりの微笑で現れたのは野球部の主将、牛尾御門だった。
当然彼女も彼のことは知っていた。
「すみません牛尾先輩。
あたしが引き止めてたものですから。
じゃ、子津くん、犬飼くん、私はこれで…。」
彼女はその場を去ろうとした。
その時。
「いや、よければ君も一緒に勉強しないかい?
今は僕たちと君しかいないみたいだし、君も居心地があまりよくないだろう。
テストが近いのは皆同じだからね。」
牛尾は微笑をさらに光らせ、非常に紳士的に彼女を勉強に誘った。
どうやら牛尾も奥ゆかしく可愛らしい彼女を気に入った様だった。
流石に先輩に誘われると、控えめな彼女も断る事はできなかった。
「そう…ですか?じゃあ、お言葉に甘えて…。」
((ありがとう主将!!))
二人は人知れず内心で拳をかためた。
そして、その後1時間ほどで。
彼女・猿野天国は野球部員とすっかりお友達になることができた。
午後5時を過ぎるころ。
彼女はそろそろ…と帰る準備に取り掛かった。
「あれ?猿野さん、もう帰っちゃうっすか?」
「…とりあえず、最後(6時)までいないのか?」
「そうだよ〜〜!一緒に帰ろうよ!」
「……。(こくん)」
「夕方ですし、よろしければお送りしますが?」
「そうだZe?遠慮せずにSa。」
「女の一人歩きは危ないばいよ?」
「そうだね。よければ車を回すけど…。」
「同感也。かような縁ができたのだ。帰りも一緒がよいだろう。」
「遠慮せずに、一緒に帰るのだ。」
「がああ。」
「あッあ!何があってもオッレが守ってやるぜ?」
一気にまくし立てる野球部員たち。
彼女は少し押されながらも。
困惑しながら、言った。
「いえ、あたし待ち合わせしてるんで…。」
「悪い、待たせたか?」
「「「「「「「「「「「???!!!」」」」」」」」」」」
そこに現れたのは、長めの黒髪をオールバックにして後ろにまとめた、いたずらっぽい表情の
しかし整った顔立ちの少年だった。
「ううん、野球部の人と勉強してたから。」
彼女は来訪者ににっこりと、今までで一番艶やかな笑みを向けた。
「そっか。
ども、うちの天国がお世話になりました〜〜。」
少年はにっこりと、ある意図を込めた笑顔を野球部員たちに見せた。
「…猿野くん、彼は?」
「あ、沢松って言って。
私の…彼氏です。」
爆弾投下。
「「「「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」」」」
一瞬で固まる野球部メンバー。
罪深き彼女はそんな彼らに気づかずに。
「じゃあ、今日は本当に楽しかったです!
また機会があったらお願いしますね。」
にこっと邪気のない笑みをを浮かべ、恋人と共に図書室を去っていった。
さて、1時間で失恋した皆さん。
「「「「「「「「「「「諦めんぞ…。」」」」」」」」」」」
新たな決意を胸に、明日への誓いを立てるのだった。
END